私を震撼させる言葉 登校渋り
「学校に行きたくない」
これぞ私を揺るがす我が子の一言。
最近、上の子供の調子がよくなかった😅
この記事は随分前に書いて、温めていた物。
なかなか投稿しようという風に心が動かなくって💦
子供「学校に行っても、毎日同じことの繰り返しでつまらない」
超絶多動症の我が子には、一般的な日本の学校形態がフィットしないらしい。
子供「授業が悪いわけじゃないし、先生も好きなんだけど、とにかく学校行きたくない」
誰のせいにもしない。
担任の先生や学年の先生は、小まめに連絡をくださるし、理解しようとしてくださる。そして親である私までも助けてくださる。本当に感謝しかない🙇♀️
我が子の生き辛さの1つに能力の凸凹の大きさがある。
全体IQは130ほど(標準域は90から110)あって、理解は早いし、言語も年齢以上に巧み(場に相応しくない言葉選びは問題)。
強いて言えば、視覚認知は90半ばで、得意な言語や空間認知との差が大きい。すると、大して苦手ではないことも、やけに苦手なことに感じてしまう。
そして何よりも、通っているクリニックでは5本の指に入るほどの多動だと言われるのだから、生き辛さ(障害)の域に達する特性だと言える。
外見から分かる多動だけでなく、頭の中も忙しくしていないと本人は不快になるので、この塩梅を周囲がどうこうしようなんて思っちゃいけない。
「折り合い」
頑張りどころは、この一言に尽きる。
只今絶賛、折り合いの付け方を修得中。
学校に全く行かない
or
学校に全て行く
この2択ではなく、0と1との間で折り合いを付けていくこと。
本人的には、学校は絶対に行かなくちゃいけない所だというルールがあるから、マイルールに抗うのはとても難しいことらしい。
だから、
「(行けないなら)死んだほうがマシだ」
まで振り切れてしまうので、本当に生きづらいだろうなと思う。
行ってみたら、先生の話が面白かったとか、友達と遊んで楽しかったなんていることも待っている。そういう促しが効果的な日もあれば、
「行かなきゃ、行かなきゃ。。。」
と呟きながらホロホロ涙を流すような状況では、遅刻して落ち着いたらの登校でよしとする日も必要。
当初のルーティンは、夜は10時ごろには床に就くけれど、朝食後2時間ほどまた眠る。起きたらヨーグルトか、軽食をつまんで登校していくという流れ。不登校の一歩手前の登校渋りでギリギリ踏みとどまっている感じ。
何がベストなのかは、本人にも私にも分からない。
子供のことだと、自分が亡き後の心配までしてしまうが、今を乗り切るという考え方も大事だなと、ここ数年で考えが変わってきた。
時間の経過と共に、自然と育つ部分や、人との出会いによって成長していくことを願って🙏
心の内の震えを隠しながら、早く(メンタルが落ち着く)冬が来るのを待つ。
その後の経過も、私の心が動いたときに👋